生きる力と言葉の力と支え合う力

2016/10/17

ハファダイ!(こんにちは!)
與那城です(^-^)/
すっかり暖かくなって過ごしやすい時期になりましたね。
さて私、
昨日・一昨日と知人の付き添いで宮城県まで行って参りました。
恥ずかしながら宮城県へ行くのは人生初めてで、
あの恐ろしい東日本大震災も、
募金だ活動だと大阪で騒いだ所でやっぱりテレビの中の出来事でした。
仙台空港に降り立ち、
レンタカーで海沿いに80kmほど走った道中、
海のそばにある若林区の荒浜付近は今でも小学校以外に建物も何も無い荒野が続き、

そこからずっと北に上がった女川では破壊され横に転がされた建物が今も手を付けられず・・・

テレビで見てたはずのあの光景は、

実際に目の当たりにした時には、

恐ろしくて、悲しくて、

その現実におし潰されてしまいそうでした。
あれから3年の時が流れて、
復興も少しずつでも進んで、
この街の方達も十分でなくとも新しい生活をして、
あの大惨事も過去のものになりつつあるのではないかかと気楽な想像をしていましたが、
実際には
「今もあの震災が続いている」
そう感じられました。

この街の方達は皆前向きでまっすぐです。

地元の住人の方達が自主的に被災地のゴミを拾い、
バラック小屋で地域の名産物を売り、
地域が一つになって様々なまちおこしを企画して、
懸命にあの震災から抜け出そうと、
復興しようと、
多くを失った土地で今も闘い続けていました。

地域の同業者の方や様々な業種の方、
地元の住人の方達にお話をお伺いしましたが、
あそこまでの辛い体験をした方誰もが後ろを向かずにこの街を思いながら一歩一歩、
まだゴールの見えない復興への道を一歩ずつがんばって歩んでいました。

この街を、この人たちの姿を見て、
私は何も言葉が出せませんでした。

大した役に立たない無力な自分ですが、
同じ国の出来事を全く無関係な対岸の火事にはしてはいけない。

知る事から、
行ってこの目で見る事から、
少しでも少しずつでも関わらなきゃいけない。
そして、
生きたくても生きられなかった方達を思って、
自分の生命を精一杯、

目的の為に、
大切なものの為に使い果たそう。
そう心に誓いを立てました。
運転の為に撮影出来ませんでしたが、
道路を走っていると至る所で
「がんばろう」
と言う文字の垂れ幕や看板が目に飛び込んできます。

本当にそこら中にこれでもかとばかりに
「がんばろう」「がんばろう」
とあるんです。

現在では、「がんばろう」と言う言葉がマイナス印象に受け取られる事があります。
相手が辛い時や落ち込んでいる時には負担や脅迫に感じられたり、
余計にやる気を失わせてしまう事もあると言われます。
確かにそう言う事もあるのかも知れません。

でも、
この宮城県の方達は、
被災していない私達の想像を絶するような体験と現状の中にあっても、
まっすぐに、自分達から
「がんばろう」
と唱え続けているんです。

きっとこの言葉はこの街の方達の支えにもなっているんでしょう。
その言葉の本来の意味である励ましを、
応援をそのままストレートに心に受けて、
復興と言う果てしない道のりを成し遂げる為の支えにしているのでしょう。

そして、
周囲からも「がんばろう」「がんばって」と、
励まされながらここまで来たんでしょう。

私は昔からこの言葉が大好きでしたが、
最近は人に伝えるのにすごく考えなければいけない時代になったと思っていました。

でもこの宮城県に来て、
「がんばろう」
はとても頼もしい、
無限の力を与えてくれる言葉なんだ、
と改めて気付かされました。

これから自分自身に対しては、
今までと変わらず、
今までの倍以上、
「がんばろう」
と自分にエールを送ります。

そして、
何かに立ち向かっている人には、
その壁を越えられる様に、
何かを成し遂げられる様に、
まっすぐに、

その本当の意味だけをまっすぐに、
「がんばろう」
「がんばって」
と精一杯心を込めて応援したいと思います。

皆さんも、

どんな大きな目標でも些細な問題でも、

あなた自身の為に

「がんばって」

下さる事を心から願っています。

いつも私達のつたないブログをご覧頂き本当にありがとうございます。

サンオウスタッフ一同もがんばりますので、

皆様も私達に叱咤激励下さいます様、

何卒宜しくお願い致します。

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